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札幌地方裁判所小樽支部 昭和48年(ワ)111号 判決 1977年3月23日

本訴原告(反訴被告) 有沢庄一

訴訟代理人弁護士 松下恭二

本訴被告(反訴原告) 佐藤土建工業株式会社

代表者代表取締役 佐藤元

本訴被告 酒井秀雄

右二名訴訟代理人弁護士 郷路征記

同(復代理人) 今重一

同(復代理人) 広谷陸男

主文

本訴被告らは本訴原告に対し各自金一二九七万五〇〇〇円とこれに対する昭和四八年一〇月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

反訴原告の反訴被告に対する反訴請求を棄却する。

訴訟費用のうち本訴請求事件について生じたものは本訴被告らの連帯負担とし、反訴請求事件について生じたものは反訴原告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

当事者双方の申立て、主張と証拠関係は次のとおりであるが、以下本訴原告(反訴被告)有沢庄一を原告と、本訴被告(反訴原告)佐藤土建工業株式会社を被告佐藤土建工業株式会社と、本訴被告酒井秀雄を被告酒井秀雄とそれぞれ略称する。

一  本訴請求の趣旨

主文第一、第三項同旨の判決と仮執行宣言を求める。

二  本訴請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告佐藤土建工業株式会社に対し金三三七万四五九一円とこれに対する昭和五〇年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

四  反訴請求に対する答弁

主文第二、第三項と同旨の判決を求める。

五  本訴請求の原因

1  原告は昭和四七年一一月二三日土木建築請負業を営んでいた被告佐藤土建工業株式会社(以下被告会社という)との間で次のような宅地造成工事請負契約、宅地販売契約を結んだ(以下この契約を旧契約という)。

(一)  工事名 オタモイ口宅地造成

(二)  工事場所 オタモイ入口

(三)  工期 昭和四八年一一月三〇日

(四)  請負代金額 二一〇〇万円

(五)  宅地販売 右工事によって造成される宅地について被告会社が一手販売権を取得する。原告は被告会社に対し右宅地を一坪あたり二万五〇〇〇円で卸売する。

2  ところが、物価が上昇したことなどの事情から、原告は昭和四八年六月三日被告会社との間で旧契約の一部を変更することとし、同日被告会社及び土木建築請負業を営んでいた被告酒井秀雄との間で次のような宅地造成工事請負契約を結んだ(以下この契約を新契約という)。

(一)  工事名 オタモイ宅地造成

(二)  工事場所 (イ)小樽市オタモイ一丁目二三番一九八畑一六四一平方メートル、(ロ)同市幸四丁目二番一七畑一一四平方メートル

(三)  工期 同年八月三〇日までに完成する。

(四)  請負代金額 二三五〇万円

(五)  請負代金支払方法 毎月二五日に締切り、同月末日にその出来高に応じて支払う。

(六)  宅地販売 前記1の(五)の宅地販売契約を解約し、宅地の販売権等については後日協議をして定める。

3  更に、原告は昭和四八年七月五日被告らとの間で前記2の(四)の請負代金額を四〇〇〇万円と変更する旨の契約を結んだ(以下この契約を変更契約という)。

4  原告は被告会社に対し次のように請負代金合計二八〇三万二五六二円を支払った。すなわち、昭和四七年一二月一〇〇万円、昭和四八年四月二〇〇万円、同年六月四日五〇〇万円、七月六日一〇四万九〇〇〇円、同月九日三〇〇万円、同月一四日四五〇万円、同月一七日三四万〇五〇〇円、同月三〇日四〇万円、八月一日一〇〇万円、同月一〇日八〇万円、同月一一日四七四万三〇六二円、同月一四日四二〇万円である。

また、原告は請負代金の一部として被告会社の承諾を得て、被告会社の下請業者らに対し次のように合計一二八六万円を支払った。すなわち、(一)興和ブルドーザー工業株式会社に対し同年七月一四日三〇万円、八月三日一〇〇万円、同月一三日一〇〇万円、九月二一日一〇〇万円、同月二五日二〇〇万円、一一月一九日六〇万円、(二)北日本建材工業株式会社に対し同年八月二八日二四〇万円、九月一四日二五三万円、(三)有限会社小田組に対し同年九月一四日一〇〇万円、(四)北海道仮設株式会社に対し同年一〇月一〇日七二万円、(五)有限会社三協測地に対し同年八月二八日三一万円である。

5  ところで、昭和四八年八月一七日ころ降雨のため工事場所の地盤がゆるみ、被告らの施工した石垣の大半が崩壊した。その石垣は長さ約一二〇メートル、高さ二ないし四メートルに及ぶものであったが、被告らの施工した工事はいわゆる裏込めのコンクリートの幅、量、強度がいずれも技術基準に適合せず、全く裏込めをしなかった部分や強度の全然ない部分もあった。したがって、石垣が崩壊したのは被告らのなした工事がずさんであったうえ、不正なものであったからである。

また、石垣が崩壊したため、崩落した土砂やブロックが工事場所に隣接する農地や宅地に流出し、その所有者らの農産物等に損害を与えた。

なお、被告らがその時点までに施工した工事の出来高は三〇ないし四〇パーセントにすぎず、道路排水路敷設工事、排土作業、宅地造成工事等はまだ施工されていなかった。

6  被告らは約定の工期であった昭和四八年八月三〇日を経過しても工事を続行せず、崩壊した石垣の復元工事もしなかったので、原告は同年九月九日被告らに対し内容証明郵便をもって「その郵便到達の日から一〇日以内に約定による宅地造成工事を完成するよう」催告するとともに、「被告らがその期限までにその工事を完成しなかったときには、請負契約を解除する」旨の停止条件付契約解除の意思表示をなし、その郵便はそのころ被告会社に到達した。

それなのに、被告らはその催告期限を経過しても工事を完成させなかったので、前記新契約、変更契約は同月一九日解除された。

7  そして、原告は昭和四八年一〇月一八日訴外都市開発株式会社(以下訴外都市開発という)との間で次のような宅地造成工事請負契約を結び、崩壊した石垣の復元工事等をした。

(一)  工期 昭和四九年六月三〇日までに完成する。

(二)  請負代金額 三〇〇〇万円

(三)  工事内容 ブロック積(石垣工事を指す)、道路排水路敷設工事、宅地造成一切の工事

8  そこで、被告らのなしたずさんな工事により原告は次のような損害を受けた。

(一)  石垣の復元工事のために要した費用

(1) 訴外都市開発に支払ったもの 八六八万四〇五〇円

(2) 訴外有限会社小田組に支払ったもの 一二〇万七三五〇円

(二)  石垣の崩壊により近隣農家に損害を与えたところ、本来は請負人である被告らがその損害を賠償すべき責任があるが、被告らには賠償能力がなかったうえ、被害者らが被害者連絡会の名のもとに注文者である原告に対し強硬に賠償を請求したので、原告は工事を急ぐ必要があったことなどから、その被害者連絡会代表者の訴外渡辺実に三〇八万四〇〇〇円を支払った。

9  よって、原告は被告らに対し前記8の損害のうち一二九七万五〇〇〇円とこれに対する支払命令送達の日の翌日の昭和四八年一〇月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

六  本訴請求の原因に対する被告らの答弁

1の事実は認める。

2のうち(三)の事実は否認し、その余の事実は認める。新契約において被告らは原告との間で工期を書面上昭和四八年八月三〇日と約定したが、その期限は被告らの努力目標として定めたものであり、その期限までに工事が完成しないであろうことは原告も承認していた。すなわち、その工期は同年一一月三〇日と約定されていた。

3の事実は認める。

4のうち原告が被告会社に対し原告主張の日その主張の金員を支払った事実は認めるが、その余の事実は知らない。

5のうち被告らの施工した石垣が原告主張の日崩壊した事実は認めるが、その原因が被告らのなした工事がずさんであったことと不正なものであったことにあった事実は否認し、崩落した土砂等が隣接地に流出し、その農産物等に損害を与えた事実は知らない。その石垣は三〇年振りの大雨によって崩壊したものである。

6のうち被告会社が原告主張の日その主張の内容証明郵便を受取った事実は認めるが、被告らに債務不履行があった事実は否認する。すなわち、工期は同年一一月三〇日であったのであり、原告は同年八月末日ころ被告会社に対し石垣の復元工事をも含めた残余の工事の見積額を、造成宅地の販売権を見込まないで計算し、提出してほしいと要請し、被告会社は同年九月三日原告に対しその工事費を三七一二万〇五〇一円とする見積書を提出したところ、原告はこれを検討してみると約定していたのであって、被告らには債務の不履行がなかったから、原告のなした解除はその効力を生じない。

7のうち(一)と(二)の事実は知らないが、その余の事実は認める。

8の事実は知らない。

七  反訴請求の原因

1  被告会社は昭和四七年一一月二三日原告との間で前記旧契約を結んだ。

この契約の特徴は宅地造成工事請負契約とその造成された宅地について請負者が独占的販売権をもつという契約が一体化していたことにある。被告会社は宅地販売権を独占することによって多額の収益を期待できたので、極めて低額の請負代金額でその工事を請負った。

2  被告会社は昭和四八年六月三日原告との間で前記新契約を結んだ。ただし、その工期は同年一一月三〇日と約定されたものであり、契約書にある「八月三〇日」との記載は一応の努力目標にするという趣旨で記載されたものである。また、約定された二三五〇万円の代金で完成できる工事ではなかったので、造成された宅地について基本的には被告会社にその販売権が与えられるべきことが前提とされていた。

3  被告会社は昭和四八年七月五日原告との間で前記変更契約を結んだが、その際造成宅地の販売権について「基本的には原告が行い、被告会社はその一部販売権をもつ」と約定された。なお、その宅地造成工事は変更された四〇〇〇万円の代金でも完成できる工事ではなかった。

4  ところで、昭和四八年八月一七日三〇年振りの大雨のため工事場所の石垣が崩壊した。被告会社は原告との間で数回にわたってその対策を協議したが、同月末日ころ原告から「石垣の復元工事をも含めた残工事全部の見積額を提出してほしい。造成宅地の販売権を見込まないで計算してほしい」との申入れを受けたので、被告会社は同年九月三日原告に対し工事費を三七一二万〇五〇一円とする見積書を提出した。

5  ところが、原告は昭和四八年九月九日被告会社に対し前記宅地造成工事の請負契約を解除する旨の内容証明郵便を送達したのち、訴外都市開発との間で残工事の請負契約を結び、被告会社を工事場所から排除して、被告会社の工事の完成を妨げた。

そのため被告会社が請負った宅地造成工事の履行は不能とされ、被告会社は前記4の残工事見積額で予定した三三七万四五九一円の利益額を下らない損害を受けた。

6  そこで、被告会社は原告に対し損害金三三七万四五九一円とこれに対する反訴状送達の日の翌日の昭和五〇年五月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

八  反訴請求の原因に対する原告の答弁

1の事実は認める。

2のうち原告が被告会社主張の日その主張の新契約を結んだ事実は認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、その工期は契約書に記載されているように昭和四八年八月三〇日と約定された。

3のうち原告が被告会社主張の日その主張の変更契約を結んだ事実は認めるが、その余の事実は否認する。

4のうち被告会社主張の石垣がその主張の日崩壊した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

5のうち原告が被告会社主張の日その主張の内容証明郵便を送達したのち、訴外都市開発との間で残工事の請負契約を結んだ事実は認めるが、その余の事実は否認する。

九  証拠《省略》

理由

一  原告と被告佐藤土建工業株式会社が昭和四七年一一月二三日前記旧契約を結んだ事実は当事者間に争いがない。

被告らはこの旧契約を結ぶについて「被告会社は造成宅地の販売権を独占することによって多額の収益を期待できたので、極めて低額の代金でその工事を請負った」と主張し、被告会社代表者佐藤元尋問の結果(以下佐藤の供述という)にはこれに符合する部分があるが、その供述部分は原告本人尋問の結果(以下原告の供述という)と対比して信用しない。

二  原告と被告会社、被告酒井秀雄が昭和四八年六月三日前記新契約を結び(ただし、工期の点については争いがある)、次いで、同年七月五日前記変更契約を結んだ事実は当事者間に争いがない。

工期の点については、《証拠省略》、原告の供述と佐藤の供述のうち次の認定に符合する部分によって次のような事実を認めることができ、佐藤の供述のうち次の認定に反する部分は右の各証拠と対比して信用しない。すなわち、(一)、原告は広尾郡大樹町で繊維製品の販売業を営み、毎月一回ぐらい小樽市に商品の仕入れに来ていたが、小樽市に住む同業者の訴外横山某から「オタモイに売地があり、これを宅地に造成して分譲したら金儲けができる」と勧められてその土地を買受け、訴外横山の斡旋により被告会社との間で旧契約を結んだが、その契約を結ぶにあたって訴外横山も監理者という立場でその契約に加わった。(二)、原告は知人から札幌市に住む訴外種田浩に仕事を世話してほしいと頼まれたので、自分で訴外種田を使うこととし、昭和四八年五月初めころから訴外種田を工事場所に出頭させて、訴外種田に現場監督のような仕事をさせていたが、被告会社もそのころから請負工事に着手するようになった。(三)、訴外種田はまもなく訴外横山を監理者から排除し、技術者の被告酒井を監理者に充てて工事の監督にあたらせるのが良策であると考え、関係者と折衝して、同年六月三日原告と被告らとの間で新契約を結ばせ、自分はその立会人となった。その新契約では、被告会社の申出に従って請負代金を二五〇万円増額し、その総額を二三五〇万円と定めたほか、工期を同年八月三〇日と定め、「施工一般について生じた損害のために工期の延長をしない。注文者の都合によって着手期日までに着工できなかったとき、注文者が工事を繰延べ若しくは中止したとき、前払又は部分払が遅れたため請負者が工事に着手せず又は工事を中止したときに生じた損害は注文者の負担とし、請負者は必要によって工期の延長を求めることができる。不可抗力によるか又は正当な理由があるときは請負者はすみやかにその理由を示して注文者に工期の変更を求めることができる。このとき工期の変更日数は注文者請負者監理者が協議して定める」と約定した。しかし、その工期については当事者双方がまだ弾力的に考察し、これを変更する余地があることを了承し合っていた。(四)、ところが、変更契約を結ぶにあたって被告らが請負代金額を更に一六五〇万円増額してほしいと要求したので、原告が「それでは八月三〇日までに必ずやってくれ」と注文したところ、被告らはこれを承諾し、ここに請負代金を四〇〇〇万円とし、工期を八月三〇日とする変更契約が結ばれた。

右の事実によると工期については八月三〇日までに完成すると約定されたといえる。

なお、工事場所の宅地造成については後記三と六で指摘するような工事費用が支出されたのであるが、そのような多額の費用を要したからといって、右の認定が左右されるべきものではない。

三  原告が被告会社に対し請負代金として原告主張のとおり昭和四七年一二月から昭和四八年八月一四日までの間に合計二八〇三万二五六二円を支払った事実は当事者間に争いがない。

また、《証拠省略》によると、原告は被告らとの間で結んだ請負契約に基づく請負代金として被告会社の下請業者らに対し原告主張のとおり昭和四八年七月一四日から同年一一月一九日までの間に合計一二八六万円を支払った事実を認めることができる。

四  被告らの施工した石垣が昭和四八年八月一七日ころ降雨のため崩壊した事実は当事者間に争いがない。

ところで、《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。すなわち、(一)、被告会社の施工した石垣のうち崩壊した部分は長さが一五〇ないし二〇〇メートル、高さが二ないし四メートルの規模のブロック積み方式によるものであった。(二)、その日に降った雨の量は数年来なかったような多量のものであった。(三)、崩壊した石垣部分の工事は構造の点において横からの圧力に弱かったうえ、工法の点において裏込石の幅員と量が不足し、ブロックの強度を高めるはずのコンクリートの強度と量が不足していた。(四)、その石垣が崩壊したため、崩落した土砂やブロックが工事場所の隣接地に流出した。

五  そこで、《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。すなわち、石垣が崩壊して土砂等が隣接地に流出したので、被告会社は直ちにその土砂等を取り除く作業に取りかかった。そうしているうちに原告が被告会社に対し石垣の復元工事をも含めた残余の工事の見積額を提示してほしいと要請し、被告会社は昭和四八年九月三日原告に対しその工事費を三七一二万〇五〇一円とする見積書を提出した。被告会社はその後も作業を続けていたが、その見積書に基づいて原告との間で改めて契約を結ぶまでには至らなかった。

原告が同年九月九日被告らに対し内容証明郵便をもって原告主張のような催告をするとともに、原告主張のような停止条件付契約解除の意思表示をなし、その郵便がそのころ被告会社に到達した事実は当事者間に争いがない。

そして、佐藤の供述によると次の事実を認めることができる。すなわち、石垣が崩壊したのちその崩壊によって生じた損害について原告と被告らのどちらが負担するのか紛争が生じていたところ、被告会社は原告からその内容証明郵便を受取ると、原告が被告らに対しその請負工事から手を引くように要求してきたものと解釈し、工事場所に来ていた訴外種田と話合いをして、そのあと始末をすることとし、同年九月二七日までその作業をしたが、原告からその対価の支払を受けられそうもなかったので、その作業を打ち切った。

六  原告が昭和四八年一〇月一八日訴外都市開発株式会社との間で崩壊した石垣の復元工事等を含めたブロック積(石垣工事のこと)、道路排水路敷設工事、宅地造成一切の工事の請負契約を結んだ事実は当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。すなわち、被告会社の施工した石垣が崩壊して土砂等が隣接地に流出したので、宅地造成の開発許可を与えた小樽市と隣接地の所有者らは被告会社と原告に対しその復元工事を早急に行うよう申入れた。被告会社が人手不足などを理由としてその工事を進めようとしなかったので、原告は被告らとの間の請負契約を解除する旨の意思表示をしたのち、訴外都市開発との間でその復元工事を含めた残余の宅地造成工事の請負契約を結び、その請負代金額を三〇〇〇万円と定め、工期を昭和四九年六月三〇日までに完成すると定めた。石垣が崩壊した時点において被告らのなした工事の出来高は全体の三割ぐらいであった。訴外都市開発はその宅地造成工事を昭和四九年八月末ころ完成した。その工事のうち崩壊した石垣の復元工事に要した費用は八六八万四〇五〇円であり、原告はこれを二回に分けて訴外都市開発に支払った。

また、《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。すなわち、原告は訴外有限会社小田組に対し崩壊した石垣部分の土砂等の除去、整地工事等を請負わせ、同訴外会社は昭和四八年九月から一一月までの間重機等を使用してその工事を完成し、その費用として原告から三回にわたって合計一二〇万七三五〇円の支払を受けた。

七  次いで、《証拠省略》によると次の事実を認めることができる。すなわち、石垣の崩壊によって土砂等が隣接地に流出し、隣接地にある住宅の塀などを損壊したほか、隣接地の農作物に損害を与えた。その被害者らは連絡会を結成して訴外渡辺実を代表者に選び、原告に対しその損害の賠償を請求した。その被害者らは小樽市にも陳情し、原告はその賠償をしなければ宅地造成工事を続行し難い状況に陥ったので、農協の査定に基づいて請求してきた農作物の損害等を賠償することを承諾し、代表者の訴外渡辺に対し三回にわたって合計三〇八万四〇〇〇円を支払った。

八  そこで、前記一ないし七で指摘した事実に基づいて、まず、原告の本訴請求の当否について判断する。

(一)  原告の本訴請求は被告らに対し、被告らの施工した石垣が崩壊したために生じた損害として、その復元工事に要した費用と隣接地の被害者らに支払った賠償金の支払を求めるものである。被告らは原告から内容証明郵便による催告と停止条件付契約解除の意思表示を受けると請負工事を中止し、そのままの状態で請負工事の目的物を原告に引渡したのであるから、被告らの請負った宅地造成工事は未完成の状態で原告に引渡されたとみることができないではなく、したがって、これは仕事の目的物の瑕疵に当たらないのではないかとみられないでもない。また、原告は被告らの債務不履行を理由として請負契約を解除し、その債務不履行に基づく損害の賠償を請求しているようでもある。

(二)  しかし、原告は被告らとの間の請負契約を解除したと主張しながら、被告らに対し既に支払った請負代金の返還を請求しようとせず、請負契約を解除したのちにおいても被告らの下請業者らに請負代金を支払っている。その総額は変更契約による請負代金額にほぼ符合する四〇八九万二五六二円に達している。しかも、原告はみずからも原状回復義務を履行せず、かえって、訴外都市開発にその残工事を請負わせて、原状回復義務の履行を不能にさせている。

(三)  したがって、原告の本訴請求は民法六三四条二項により石垣の崩壊という瑕疵の修補に代えて損害の賠償を請求する趣旨であると解するのが相当である。そして、本件のような事例においても同条同項が適用されると解するのが相当である(大審院大正一五年一一月二五日判決民集五巻一一号七六三頁参照)。この損害賠償責任は無過失責任である。また、その責任は瑕疵によって生ずるすべての損害の賠償に及ぶ。

(四)  そうすると、前記六で指摘した石垣の復元工事等に要した費用九八九万一四〇〇円はこの損害に当たるとみるのが相当であり、前記七で指摘した隣接地の被害者らに支払った賠償金三〇八万四〇〇〇円もこの損害に当たるとみるのが相当である。ちなみに、被告らは請負工事の注文又は指図につき注文者の原告に過失があったとの主張をしていないから、民法七一六条により原告は請負人の被告らがその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任がなかったといえる。

してみれば、この損害額のうち一二九七万五〇〇〇円とこれに対する支払命令送達の日の翌日の昭和四八年一〇月一六日(これは記録上明らかである。なお、請負人の瑕疵担保責任は目的物を引渡した時から生ずると解するのが相当である)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める原告の本訴請求は理由がある。なお、《証拠省略》によると監理者は当事者の債務不履行の場合その契約から生ずる金銭債務について当事者と連帯して保証の責を負うと約定した事実を認めることができる。

九  次に、被告会社の反訴請求の当否について判断する。

(一)  被告会社の反訴請求は原告に対し、原告の行為によって被告会社の請負った宅地造成工事が履行不能となったために生じた損害として、残工事見積額で予定した三三七万四五九一円の得べかりし利益の賠償を求めるものである。ところで、被告らは原告から内容証明郵便による停止条件付契約解除の意思表示を受けるとその請負工事を中止し、そのままの状態で請負工事の目的物を原告に引渡したのであるが、原告のなした解除の効力について考えねばならない。

(二)  民法六四一条は仕事未完成の間における注文者の解除権について規定しているが、これによって請負人の債務不履行を理由とする解除権が排斥されることになるわけではない。

次に、被告らの請負った宅地造成工事の目的物は民法六三五条但書にいう土地の工作物に当たるといえるところ、この規定は強行規定と解されている。しかし、請負工事の一部が既に竣成し、当事者間においてもこれを残部と分離して独立的価値を認めている場合には、その竣成部分についてはこれを解除することができないとしても、残余の未完成部分についてはこれを解除することができるものと解するのが相当である(前記大審院判決、大審院昭和七年四月三〇日判決民集一一巻八号七八〇頁参照)。本件においては被告らの施工した工事の出来高に対して原告が請負代金として既に四〇八九万二五六二円を支払っているうえ、原告が崩壊した石垣の復元工事と残工事について改めて見積額の提示を要請し、被告会社がこれを提示しているのであるから、原告と被告らとの間においては被告らの施工した竣成部分と残余の未完成部分とを分離してその取引の清算をしようとしたものとみるのが相当である。

そして、被告らの施工した工事の出来高が石垣崩壊時において約三割であったこと(この認定に反する佐藤の供述は証人樋口の証言と対比して信用しない)、被告らが約定の工期を徒過しても崩壊した石垣の復元工事すらできなかったこと、崩壊した石垣部分の状態をそのまま放置しておくことができなかったことなどを考慮すると、被告らの債務不履行を理由としてなした原告の解除権の行使は有効であったとみるのが相当であり、したがって、残余の未完成部分についての請負契約はこの解除によって消滅したといえる。

(三)  そうすると、残余の未完成部分の請負工事を継続することによって得たであろうという利益を失ったことによる損害の賠償を求める被告会社の反訴請求は理由がない。

一〇  したがって、原告の被告らに対する本訴請求は理由があるからいずれもこれを認容し、被告会社の原告に対する反訴請求は理由がないからこれを棄却する。

そこで、本訴と反訴の訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項但書を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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